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【ぺるーらいこう】

第10章 文化の巻>江戸時代

■10 ペリーの再来時、日米両国は何を贈り合ったのか?…文明には力士のパフォーマンスで対抗
 1854年2月の、アメリカインド艦隊司令長官ペリーの2度目の来航の様子を描いた石版画が、東京国立博物館に所蔵されている。
 このときペリーは横浜へ上陸した。絵には、海上に浮かぶアメリカ艦隊と約500人のアメリカ海兵隊が整然と浜辺に並ぶ姿、幕府の役人たちがその手前に乱雑に立ち、左手の応接所にペリー一行が向かうのを見ている様子が描かれている。
 この上陸の日よりわずか1か月ちょっとで日米和親条約が締結され、幕府は開国することになる。この間、幕府とアメリカは互いに贈り物を交換し合っているが、その品物がちょっとおもしろい。
 アメリカのプレゼントは、電信機や汽車の模型だった。とくに汽車は、実物を3分の2の大きさでリアルに小型化したもので、実際に乗ることができた。幕府の役人たちはとてもご機嫌だったと、ペリーはその著書『日本遠征記』に記している。
 かたや、幕府はアメリカに何を贈ったのか?
 実は、米俵を贈ったのである。しかも、それを黒船に積み込むさいには、大勢の力士を用いている。彼らは60キロ近い米俵を2つも軽々と持った。なかには、歯で俵をぶら下げたり、宙返りしてみせたりという輩もいたという。パフォーマンスによって、その怪力を誇示するためだ。
日本人にだって、アメリカ人に勝るような体格のデカイ人間もいるんだぞ」
 そう相手を驚かそうという意図が見え見えで、少し悲しい。まさにこの贈り物合戦は、文明国(アメリカ)と前近代国家(日本)の縮図が表われているようで、非常に興味深い。
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(C)日本実業出版「日本史の雑学事典」('02/6)
JLogosID:14625126
最終更新日:2002-06-01




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