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Buddhism

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 仏陀の教えに従い、悟りと解脱を求めようとする宗教。仏陀は紀元前5〜前4世紀(別説では紀元前6世紀〜前5世紀)の人物で、現ネパール南部のサーキヤ族の王子として生まれ、29歳で出家し、苦行の末35歳の時、ブッダガヤーの菩提樹の下で悟りを開いたとされる。仏陀には様々な呼び名がある。幼名はゴータマ・シッダッタ(ガウタマ・シッダールタ)といい、サーキヤ族にちなんで釈迦(釈迦牟尼、釈尊)とも呼ばれる。また仏陀とは、もともと「目覚めた人」(悟った人)という意味の普通名詞だったが、後に固有名詞化して使われるようになった。仏陀は人生を苦しみとしてとらえ、修行による苦からの解放(悟りと解脱)を説いた。初期の仏教は出家主義で、修行のためにそれまでの生活を捨てた人々が、僧伽(サンガ)と呼ばれる出家集団を形成していた。最初は統率がとれていた僧伽も、仏陀の死後100年後(あるいは200年後)、教義や戒律の解釈をめぐって保守派の上座部と革新派の大衆部とに分裂し、さらに細分化が進み、最終的には20の部派が成立した。ここまでを部派仏教という。紀元前後になると、部派仏教とは別の流れから、仏の慈悲による救いを説く大乗仏教が登場する。大乗仏教は、仏陀の遺骨を納めたとされる仏塔(ストゥーパ)を信仰する在家集団の中から生まれたとされる。大乗とは「大きな乗り物」(マハーヤーナ)を意味し、大乗仏教の人々は、それまでの部派仏教を「劣った」という意味で「ヒーナヤーナ」と呼んだ。これが後に、誤って「小乗仏教」と訳された。小乗仏教という言葉は蔑称であるから、現在では上座部仏教と呼ぶ。大乗仏教の成立とほぼ重なって、紀元1世紀ころ、つまり仏陀の死後ほぼ500年後、初めて仏像が作られるようになる。部派仏教の時代には、個々人が修行し自己を高めていくことが目標であったから、信仰対象は必要なかったのである。仏教は、主に2つの経路で世界に伝わった。1つは、スリランカ、タイ、ミャンマー、ラオス、カンボジアなど南方に伝えられた上座部の系統(南伝仏教)であり、もう1つは、北インドから東に中国を経由して朝鮮半島、日本に伝えられた大乗仏教の系統(北伝仏教)である。
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「(C)知恵蔵2007」
JLogosID:14849502
最終更新日:2011-01-01




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