ケータイ辞書JLogosロゴ 安穏
【あん-をん】
[名]<形動>[ナリ]

あ行>

あん-をん【安穏】(オ(ノ)ン)安らかで穏やかなこと。平穏無事なこと。
[例]「ふるさとにとどめ置きし妻子あんをんに」〈平家・一〇・熊野参詣〉
[訳]「故郷に残してきた妻や子が平穏無事で(ありますように)」
作者河竹黙阿弥(かわたけもくあみ)は盗賊を主人公にした白浪物を得意としたが、この作品はその代表作。文久二(一八六二)年、江戸初演。盗賊の頭、日本駄右衛門(にっぽんだえもん)とその配下弁天小僧、南郷力丸(なんごうりきまる)、赤星十三郎(あかぼしじゅうさぶろう)、忠信利平(ただのぶりへい)の五人を主人公にした物語。それで通称「白浪五人男」。捕り手に追いつめられる「稲瀬川勢揃(いなせがはせいぞろ)ひ」の場。柄違いのそろいの衣装に身を包んで、はなやかに登場し、七五調の音楽性豊かなせりふ回しでさっそうと名乗りの連ねをきかせるが、外見とはうらはらに情けないことを言っている。歌舞伎の演出のおもしろいところである。
平安時代には、都から地方に旅立つ人を見送る地として、特に二つの場所が有名だった。一つは、西国への旅の出発点の「山崎の津」である。旅人はここから舟で淀(よど)川を下って大阪湾に入り、そこから海路に出た。もう一つは、東国への旅の出発点の「逢坂(あふさか)の関(せき)」である。本来、逢坂から東は一括して東国と呼ばれた。
『古今和歌集』の離別の巻には送別の歌が数多く収められている。
「源実(さね)が筑紫(つくし)へ湯浴(ゆあ)みむとてまかりける時に、山崎にて別れ惜しみける所にて、詠める 白女(しろめ) 命だに心にかなふものならば何か別れの悲しからまし」「山崎より神奈備(かむなび)の森まで送りに、人々まかりて、帰りがてにして別れ惜しみけるに、詠める 源実 人やりの道ならなくに大方は行き憂(う)しと言ひていざ帰りなむ」は、いずれも山崎で詠まれたものである。遊女の白女の歌は送別の宴で詠んだものと思われ、無常の世なので再会までの命は期しがたいことを嘆いている。また、源実の歌は、山崎近辺の神奈備の森まで見送りに来た人々との別れを惜しんだもので、人に強制されて行く旅ではないから『行きたくない』と言って帰ってしまおうか、とうたっている。
一方、「藤原惟岳(これをか)が、武蔵介(むさしのすけ)にまかりける時に、送りに、逢坂を越ゆとて詠みける 貫之(つらゆき) かつ越えて別れも行くか逢坂は人頼めなる名にこそありけれ」は、逢坂の関で詠まれた歌である。逢坂はその名から「逢(あ)ふ」を連想させ頼もしく思わせる場所なのに、一方では関を越えて別れて行くのか、逢坂とは人に空頼みさせるだけでまったくあてにならない名だったのだ、と嘆いている。また、『後撰和歌集』雑一には、伝説の琵琶(びわ)の名手である蝉丸(せみまる)の歌で、『百人一首』で知られる「これやこの行くも帰るも別れつつ知るも知らぬも逢坂の関」がある(→これやこの…〔〔和歌〕〕)。
解説文を自分にメール
メアド:Milana@docomo.ne.jp

(C)東京書籍[全訳古語辞典('06/2)]
JLogosID:5071260
最終更新日:2007-12-11




ケータイ辞書 JLogosトップ