ケータイ辞書JLogosロゴ 大江山(おほえやま)


百人一首

大江山(おほえやま) いく野の道の 遠ければ ふみもまだみず 天(あま)の橋立(はしだて)
〈金葉・雑上・五五〇・小式部内侍(こしきぶのないし)〉
[訳]「大江山を越え、生野(いくの)を通っていく道が都からは遠いので、私はまだ天の橋立でさえ踏んでみたこともありませんし、母からの文(ふみ)(=手紙)も見たこともありません」
<参考>『金葉和歌集』の詞書に、母の和泉式部が藤原保昌(やすまさ)とともに丹後の国(→たんご)に下向した留守に、小式部内侍が歌合わせの歌人に選ばれたとき、藤原定頼(さだより)が部屋の方にやって来て、「◎歌はいかがせさせ給ふ。丹後へ人は遣はしてけんや。使(つかひ)参(まう)で来(こ)ずや。いかに心もとなく思(おぼ)すらん」と言いかけたのに対して、即興的に詠んだ歌とある。定頼は、小式部に、歌の詠作は母の式部に頼りきっているから、親がいなくてさぞ心細かろうとからかったというのである。小式部の鮮やかな応答に、定頼は閉口して返歌もできずに逃げ去ったと説話化されている(歌学書の『俊頼髄脳』『袋草紙』、説話集の『古今著聞集』『十訓抄』など)。「大江山」(→おほえやま[1])、「生野」(→いくの)は丹波の国(→たんば)の地名で、丹後の国への道筋にあたる。「天の橋立」(→あまのはしだて)は丹後の国の地名。「生野」に「行く」、「橋」の縁語の「踏み」に「文」をかける。また、流布本(るふぼん)『小倉百人一首』や『十訓抄』などでは、第四句は「まだふみもみず」となっている。→和泉式部(いづみしきぶ)
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(C)東京書籍[全訳古語辞典('06/2)]
JLogosID:5113423
最終更新日:2007-12-11




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