ケータイ辞書JLogosロゴ 滝の音は


百人一首

滝の音は 絶えて久しく なりぬれど 名こそ流れて なほ聞こえけれ
〈千載・雑上・一〇三五・藤原公任(きんたふ)〉
[訳]「水がかれて、滝の流れ落ちる音が聞こえなくなってから長い年月が過ぎたが、みごとな滝だったという名声だけは世に流れて、今もなお聞こえている」
<参考>『千載和歌集』の詞書に「◎嵯峨大覚寺にまかりて、これかれ歌よみ侍りけるによみ侍りける」とある。藤原行成(ゆきなり)の日記『権記』によれば、長保元(九九九)年九月十二日に、作者の公任が藤原道長に随行し、大覚寺の滝殿、栖霞観(せいかかん)で詠んだ歌である。元来、大覚寺は嵯峨(さが)上皇の離宮のあった所で、滝はこの歌から「名こその滝」と呼ばれるようになり、今も古跡がある。滝はすでになくなっていて、「滝の音」という聴覚的な要素は、その「名」を聞くに転じているのである。この歌は、『拾遺和歌集』雑上・四四九に重出し、初句が滝の流れるさまを糸に見立てた「滝の糸は」となっている。「糸」の本文では、むしろ視覚的な趣向に変わり、「絶え」は「糸」の縁語となる。『小倉百人一首』の作者表記は「大納言公任(だいなごんきんたふ)」である。
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(C)東京書籍[全訳古語辞典('06/2)]
JLogosID:5113432
最終更新日:2007-12-11




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