ケータイ辞書JLogosロゴ 誰(たれ)をかも


百人一首

誰(たれ)をかも 知る人にせむ 高砂の 松も昔の 友ならなくに
〈古今・雑上・九〇九・藤原興風(おきかぜ)〉
[訳]「友人が次々に亡くなっていく今、いったい私はだれを友人にしたらよいのであろうか。私と同じように年を取っている高砂の松(→たかさごのまつ)にしても、昔からの友人ではないのに」
<参考>「高砂の松」は、地名と景物との取り合わせの類型で、「◎かくしつつ世をや尽くさむ高砂の尾上(をのへ)に立てる松ならなくに」〈古今・雑上・九〇八・詠み人知らず〉、「◎いたづらに世に経(ふ)るものと高砂の松も我をや友と見るらん」〈拾遺・雑上・四六三・紀貫之(きのつらゆき)〉などとともに、無為孤独の老年の表象となっている。「高砂の尾上」は、この歌では播磨の国(→はりま)の地名と解され、兵庫県高砂市の加古川河口あたりの山とされる。→かくしつつ…〔〔和歌〕〕
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(C)東京書籍[全訳古語辞典('06/2)]
JLogosID:5113436
最終更新日:2007-12-11




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