ケータイ辞書JLogosロゴ わが袖(そで)は


百人一首

わが袖(そで)は 潮干(しほひ)に見えぬ 沖(おき)の石の 人こそ知らね かわく間(ま)ぞなき
〈千載・恋二・七六〇・二条院讃岐(にでうゐんのさぬき)〉
[訳]「私の袖は干潮のときにも見えない沖の石のように、人は知らないでしょうが、乾く暇もないのです」
<参考>『千載和歌集』の詞書に「◎石に寄する恋」の題詠とある。第二、三句は、「かわく間ぞなき」の比喩的序詞。第四句は逆接的条件で下に続く。『和泉式部集』の「◎我が袖は水の下なる石なれや人に知られで乾く間もなし」、父源三位頼政(よりまさ)の家集の「◎ともすれば涙に沈む枕かな潮満つ磯の石ならなくに」「◎なごの海潮干潮満ち磯の石となれるか君が見え隠れする」などの影響が指摘されている。「沖の石」は普通名詞だが、固有名詞説もあり、末の松山(→すゑのまつやま)近くの古跡や、頼政の任国の若狭の国(→わかさ)の矢代沖にある石といわれる。作者はこの歌から「沖の石の讃岐」と呼ばれるようになった。流布本(るふぼん)『小倉百人一首』では、第五句は「かわく間もなし」となる。
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(C)東京書籍[全訳古語辞典('06/2)]
JLogosID:5113445
最終更新日:2007-12-11




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