ケータイ辞書JLogosロゴ 子供の売買と労働
【こどものばいばいとろうどう】

暮らしと文化

『大鏡』の中で歴史を語るのは、ともに百数十歳になる夏山繁樹と大宅世継であるが、その夏山繁樹は、子供のとき市場で売られていたところを、養父に銭十貫で買い取られたという身の上の持ち主だった。
謡曲に人身売買を素材とした作品がいくつかある。
『自然居士(じねんこじ)』に登場する「東国方の人商人(ひとあきびと)」は、「このたび都に上り、あまた人を買ひ取りて候ふ。また十四五ばかりなる女を買ひ取りて候ふ」と自らを語る。『隅田川』では、東国に連れ去られた子を探し、物狂いとなって隅田川までやってきた母親が、「思はざる外(ほか)に一人子を、人商人に誘はれて…」と、売買されるために子供が誘拐されてしまった嘆きを語る。
説経節『さんせう太夫』(=森鴎外(もりおうがい)の『山椒大夫(さんしょうだゆう)』の典拠)で、安寿と厨子王をさらったのは越後(えちご)の直江津の「山岡の太夫」という「人を売っての名人」であった。港で宿の主人をしながら船頭と結託し、だました宿泊客を船で連れ去ってしまうという手口で人売りをしていた。
買い取られた子供は労働に従事させられた。厨子王は柴(しば)刈り、安寿は潮くみをさせられたが、このほか、説話や絵巻に描かれている子供の働く姿から、男子は牛馬にかかわる仕事が多かったと推測されている。
牛馬の世話とともに、牛馬に稲束や木炭などの荷物を背負わせ、運搬するのは「馬・牛を飼ふ童部」であった(『今昔物語集』一一・二、他)。
女子は、菜摘みや養蚕のための桑の葉摘み、そして井戸の水くみなどが主な仕事であった。
ふつうの子供たちは、大人にまじり、しだいに仕事を覚えていけばよかった。しかし売買された子供たちには、初めから過酷なノルマが課せられていたのである。
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(C)東京書籍[全訳古語辞典('06/2)]
JLogosID:5113464
最終更新日:2007-12-11




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