ケータイ辞書JLogosロゴ 貝合わせと貝覆い
【かいあわせとかいおおい】

暮らしと文化

貝合わせと呼ばれる遊戯には二種類ある。
元来の貝合わせは物合わせ(→ものあはせ)の一種で、きれいな珍しい貝殻を見せ合ってその優劣を争う遊戯であった。すでに長久元(一〇四〇)年に「貝合」の記録がある。また『堤中納言物語』の「貝合」の物語も、その早い例である。蔵人少将(くろうどのしょうしょう)がかいま見をした邸で、母を亡くした姫君や弟君とこれに味方する女童(めのわらわ)が、北の方の姫君と貝合わせをするのになかなか貝が集まらないので思案している姿に同情し、貝を入れた小箱とたくさんの貝を置いた州浜(すはま)をひそかに贈ったところ、姫君たちは観音のご利益(りやく)だと大喜びする話である。
もう一つの貝合わせはもともと「貝覆(かひおほ)ひ」とも呼ばれたもので、はまぐりなど二枚貝の貝殻を、元の貝殻どうしに合わせて取る遊戯である。この遊びは後に整備され、貝殻は三百六十個と決められ、また貝殻は合わせやすいように草花や物語など優雅な絵で飾られるようになった。やり方は、まず左右の貝桶(かいおけ)に収めた貝殻を数人に分配する。配られた人はそれを場にさらすもの(=地貝(じがい))と自分の前に置くもの(=出し貝)とに分けて、中央の「地」と呼ばれる空所に出し貝を順に出して、地貝と合わせて取る。こうして多く貝の対を作った人が勝ちとなる。後の絵合わせやカルタの前身ともいえる。
この貝合わせは、すでに平安時代末期の『袋草紙』に「貝合」として見える。また、十二世紀後半に編まれた西行の『山家集(さんかしゅう)』には、「今ぞ知る二見の浦の蛤を貝合とて覆ふなりけり」という歌があり、これは伊勢の二見の浦で、海女(あま)が貝合わせに用いる貝殻を選び出しているようすを見て詠んだものである。この遊びは鎌倉時代以後盛んに行われるようになり、それとともに「貝合はせ」の呼称も定着した。
なお、『徒然草』一七一段には、「貝を覆ふ人」が自分の前の貝をさしおいて周囲ばかり気にしているうちに、「前なるをば人に覆はれぬ」とある。
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(C)東京書籍[全訳古語辞典('06/2)]
JLogosID:5113473
最終更新日:2007-12-11




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