ケータイ辞書JLogosロゴ 源氏物語
【げんじものがたり】

主要作品解説


作者・成立
作者は紫式部(生没年未詳)。父は漢学者の藤原為時ためとき、母は藤原為信ためのぶの娘。幼いころから聡明そうめいで、弟惟規これのりより漢籍を早く覚え、男子であれば、と父を嘆かせたという。長徳四(九九八)年ごろ藤原宣孝のぶたかと結婚、賢子けんしをもうけるが、長保三(一〇〇一)年に死別する。寛弘二(一〇〇五)年かその翌年、一条天皇の中宮藤原彰子しょうしのもとに宮仕えする。女房名は藤とう 式部で、父が式部丞しきぶのじょうであったことによるが、紫式部と呼ばれる由来については不明である。 同じ作者による『紫式部日記』は寛弘七(一〇一〇)年ごろの成立で、彰子が敦成あつひら親王(=後の後一条天皇)を出産する前後の宮仕えの記録と、女房たちを批評する消息文などから成り、自己の内面を語る部分もある。ほかに家集『紫式部集』があり、『後拾遺和歌集』以下の勅撰集に五十九首入集する。 成立は平安時代中期。夫の宣孝が亡くなった後、書き始められたと考えられている。寛弘五(一〇〇八)年ごろにはこの物語の評判が高く、一条天皇・藤原道長・藤原公任きんとうも物語の一部分を知っていたらしい。 『紫式部日記』には『源氏物語』の大規模な清書・製本作業の記事が見えるが、その時点でどこまで完成していたかは不明である。『更級日記』によれば、治安元(一〇二一)年に「源氏の五十余巻、櫃ひつ に入りながら」手に入れているので、このころまでには完成して世に広まっていたのであろう。 各巻の執筆順序や成立年時については諸説あるが、第一巻の「桐壺きりつぼ」から順に書かれていったのでないことははっきりしている。
内容・構成
全部で五十四巻から成る長編物語で、女性の作者が書いた日本で最初の物語であり、現代において世界の十大小説の一つにも数えられている。 五十四巻の巻名は次のとおり。
(1)桐壺・(2)帚木ははきぎ・(3)空蝉うつせみ・(4)夕顔ゆうがお・(5)若紫わかむらさき・(6)末摘花すえつむはな・(7)紅葉賀もみじのが・(8)花宴はなのえん・(9)葵あおい・(10)賢木さかき・(11)花散里はなちるさと・(12)須磨すま ・(13)明石あかし・(14)澪標みおつくし・(15)蓬生よもぎう・(16)関屋せきや・(17)絵合えあわせ・(18)松風まつかぜ・(19)薄雲うすぐも・(20)朝顔あさがお・(21)少女おとめ・(22)玉鬘たまかずら・(23)初音はつね・(24)胡蝶こちょう・(25)蛍ほたる・(26)常夏とこなつ・(27)篝火かがりび・(28)野分のわき・(29)行幸みゆき・(30)藤袴ふじばかま・(31)真木柱まきばしら・(32)梅枝うめがえ・(33)藤裏葉ふじのうらば・(34)若菜上わかなのじょう・(35)若菜下わかなのげ・(36)柏木かしわぎ・(37)横笛よこぶえ・(38)鈴虫すずむし・(39)夕霧ゆうぎり・(40)御法みのり・(41)幻まぼろし・(42)匂宮におうのみや(=匂兵部卿におうひょうぶきょう)・(43)紅梅こうばい・(44)竹河たけかわ・(45)橋姫はしひめ・(46)椎本しいがもと・(47)総角あげまき・(48)早蕨さわらび・(49)宿木やどりぎ・(50)東屋あずまや・(51)浮舟うきふね・(52)蜻蛉かげろう・(53)手習てならい・(54)夢浮橋ゆめのうきはし
このほか、「幻」と「匂宮」との間に、主人公光源氏の死を暗示する「雲隠くもがくれ」という名称のみが伝えられる巻があるが、本文は現存しない。「匂宮」以下は光源氏の死後の物語で、末子の薫かおると孫の匂宮が活躍する。 物語は内容的に大きく三部に分かれており、第一部は光源氏の挫折ざせつと栄光の道のりを、第二部は光源氏の晩年の苦悩を、第三部は薫・匂宮のみならず宇治の姫君たちの生き方も描く。前二者を正編、第三部を続編と呼ぶことがある。 [第一部] 「桐壺」から「藤裏葉」までの三十三巻。 一世の源氏の君は、父帝の妃きさき藤壺ふじつぼと密通して皇子(=後の冷泉れいぜい帝)が生まれる。また、藤壺ゆかりの紫の君(=若紫)を見いだして理想の妻に育てあげ、正妻葵あおいの上との間に嫡男ちゃくなん夕霧を、明石の御方との間に后がね(=后の候補者)の明石の姫君を得る。そして須磨・明石にわび住まいした逆境を乗り越え、准太上天皇じゅんだいじょうてんのうにのぼる。 「帚木」には理想の妻について議論する雨夜の品定めの場面があり、「空蝉」にかけて人妻の空蝉との、「夕顔」でははかなげな夕顔との恋が描かれる(=帚木三帖じょう)。「葵」「賢木」には、亡き東宮妃の六条の御息所みやすどころが光源氏との恋に悩んだ末に身を引くいきさつ、「明石」~「松風」には身分の劣る明石の御方が娘の姫君を手放し、紫の上の養育にゆだねる苦悩、「朝顔」には妻の座が危うくなる紫の上の煩悶はんもんが描かれる。 やがて光源氏は子女教育に心を砕くようになる。「少女」では夕霧が大学に入って学問をする。「玉鬘」~「真木柱」には、実子に見せかけた養女の玉鬘への教育と恋心、そして彼女をめぐる求婚譚きゅうこんたんが記される(=玉鬘十帖)。「蛍」では物語論が展開される。幼なじみの雲居くもいの雁かり との仲を裂かれていた夕霧は、「藤裏葉」で晴れて結ばれる。 [第二部] 「若菜上」から「幻」までの八巻。 光源氏に降嫁した女三の宮が柏木との間に不義の子薫を生んで出家し、夕霧は正妻の雲居の雁をさしおいて、夫柏木を亡くした落葉の宮までも妻にする。女三の宮の光源氏への降嫁など、紫の上にとって悲痛な出来事があり、紫の上は深い嘆きのうちに死に、また光源氏は出家を志す。 因果応報のことわりと、男女、夫婦の仲のむずかしさを思わずにいられないが、光源氏と紫の上が互いにかけがえのない存在であったと実感しているところに救いがある。 [第三部] 「匂宮」から「夢浮橋」までの十三巻。「橋姫」以下の十巻を宇治十帖うじじゅうじょうと呼びならわし、宇治の物語に至るまでにさまざまな模索を試みた「匂宮」以下の三巻を匂宮三帖という。 道心深い薫は宇治の大君おおいぎみに恋をして、大君の妹の中の君には好色の匂宮を世話した。両親を亡くした大君は、薫を好ましい男性と思いつつも結婚を断念し、中の君の幸せを願い、親代わりになって世話をしようと考える。その後大君は死に、異母妹の浮舟をめぐって薫と宮は争う。浮舟は入水じゅすいを企て、横川よかわの僧都そうずに助けられて出家、訪ねてきた薫にも会わない。浮舟は二人の男性の間で窮地に立ち、出家したものの心の整理がついているわけではない。前途多難である。 宇治十帖においては、男君たちが事態を進展させるが、女君たちの生き方を深く見据えるようになっている。
文体・特色
物語のたてまえとして、そば近く見聞きした女房が光源氏の物語を語って聞かせるということになっている。そのため、地の文による説明のほか、語り手が前面に出て批評や弁解をする草子地そうしじも現れる。地の文には古歌の一句を引用する引歌表現や、掛詞・縁語などの和歌的な修辞技巧も見られ、文章は雅文体となっている。日本語で思索して、思索の過程を的確に表現しようと試みた結果、息の長い文になったのであろう。 恋の種々相と一人の傑出した人物の人生を描こうとして、物語の時代を延喜(九〇一~九二三)のころに設定し、その時代の史実を取り込んで描き出したことで、時代・社会とともに生きる人間の姿をみごとに写し出している。
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(C)東京書籍[全訳古語辞典('06/2)]
JLogosID:5113639
最終更新日:2007-12-11




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