ケータイ辞書JLogosロゴ 方丈記
【ほうじょうき】

主要作品解説


作者・成立
作者は鴨長明かものちょうめい(一一五五?~一二一六)。俗名は「ながあきら」、出家後「ちゃうめい」と称したか。法名は蓮胤れんいん。京都の下鴨しもがも神杜の禰宜ねぎ 、鴨長継ながつぐの次男で、父の病死により神職になることをあきらめ、和歌を俊恵しゅんえに学んで歌人として活躍し、また琵琶びわ を中原有安に学んでいる。『千載和歌集』に一首入集し、後鳥羽上皇のもとに勅撰集編纂へんさんのための和歌所が置かれると、専従事務員の寄人よりゅうどとなったが、元久元(一二〇四)年、五十歳で出家した。『新古今和歌集』には十首入集している。著作はほかに歌論書の『無名抄むみょうしょう』、仏教説話集の『発心集ほっしんしゅう』、家集の『鴨長明集』がある。 成立は鎌倉時代初期。奥書に「時に建暦の二年ふたとせ、弥生やよひの晦日つごもりころ、桑門さうもんの蓮胤、外山とやまの庵いほりにして、これをしるす」(原文は片仮名文)とあり、建暦二(一二一二)年の成立である。長明は出家者の蓮胤と署名しており、蓮胤を作者とすべきであるが、俗名のほうがよく知られていたというのであれば、作者名としては鴨長明入道とすべきであろう。 題名は住まいの記というほどの意味で、京都郊外の日野山の庵が「広さはわづかに方丈、高さは七尺がうちなり」と述べられていることによる。「方丈」は一丈(=約三メートル)四方の狭い家のことで、「栖すみかは即すなはち浄名居士じゃうみゃうこじの跡をけがせり」とあるように、浄名居士(維摩ゆいま居士とも)の住まいにならったものである。
内容・構成
一つの主題で貫かれた随筆で、大きく前半と後半に分けられる。 前半は、まず序章があって、 ゆく河の流れは、絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたる例ためしなし。世の中にある人と栖と、またかくのごとし。という書き出しで始まり、人の世とすみかの無常という主題を示した後、作者がこれまで経験した五つの災害・災難について見聞や感慨を克明に記す。すなわち、一一七七年の安元の大火、一一八〇年の治承の辻風つじかぜ、同年の福原遷都、一一八一年から翌年にかけての養和の飢饉ききん、一一八五年の元暦の大地震をあげ、世の中の住みにくさを論じている。 後半になると一転して、すみかに関しての生きにくさ、自身の半生の不運と住まいの変転について記す。そして今は日野ひの 山の奥に方丈の庵を営んでいるといい、閑居の楽しみを語り、隠遁いんとん生活の意義を説くが、草庵そうあんを愛し閑寂に執着するのも仏道修行の妨げになると、厳しい自己批判で筆をおく。
文体・特色
和語に漢語を交えた流麗な和漢混交文で、対句や比喩を巧みに使った格調の高い文章である。仏教的無常観に基づき、人とすみかの無常という主題により、全体の構成がくふうされている。 この作品は、平安時代中期の漢学者である慶滋保胤よししげのやすたねの『池亭記ちていき』の影響を強く受けている。『池亭記』は、池のほとりの小堂で物事にとらわれずに生活するようすが描かれた漢文の随筆である。また、唐の白居易はくきょいや詩歌管弦にすぐれた源経信つねのぶを慕う作者の心も反映されている。このように、『方丈記』は文学的な伝統をふまえた作品であるということができよう。また、動乱と天災の世を生きた中世の隠者による自己凝視の文学としても評価が高い。
解説文を自分にメール
メアド:Milana@docomo.ne.jp

(C)東京書籍[全訳古語辞典('06/2)]
JLogosID:5113645
最終更新日:2007-12-11




ケータイ辞書 JLogosトップ