ケータイ辞書JLogosロゴ 松と桜と梅のお返しに……


泣く子も黙るおもしろ雑学

思慮深く裁断も公正。鎌倉幕府における執権政治の信頼を高めた北条時頼。彼が執権を辞した後、三か月にわたって諸国を漫遊した伝説は、彼の人柄と政治家としての大きさが生んだものといえます。そして、それが回国説話の形をとって語り継がれました。
その物語は、能の曲目の一つ「鉢の木」のなかにあります。ある雪の夜、上野の佐野に着いた旅の僧(時頼)は大雪に見舞われます。寒さは厳しく、目についた萱葺(かやぶ)き屋根の家に宿を求めて立ち寄りました。家のあるじは、僧に暖を与えるために、秘蔵の三種の銘木を、なんのためらいもなく炉にくべたのです。松と桜と梅でした。
あるじは、一族の裏切りで領士を奪われ落ちぶれた元佐野庄の領主・佐野(さの)源左衛門(げんざえもん)常世(つねよ)。彼は、僧侶に向かって「『いざ鎌倉』の一大事には、一番にはせ参じる覚悟です」と告げます。やがて、その時がやってきます。痩せ馬で鎌倉に馳せ参じた常世。時頼は、冬の夜の恩義の礼を述べ、梅田、松枝、桜井の三つの荘を与えるのです。
康元元年(一二五六年)一一月に体調を崩した時頼が、同月二三日、鎌倉最明寺において出家します。この後に、ひそかに諸国を遍歴して民情を視察したというのが、この諸国行脚説だといわれています。

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角川学芸出版「話を盛りあげる究極の雑学」
JLogosID:5180395
最終更新日:2008-02-29




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